隣の白飯より内の粟飯
読み方
となり の しろめし より うち の あわめし意味
よそでよい物をもらったり他人に頼って豊かに過ごしたりするより、たとえ粗末でも自分の家・自分の力で得たもののほうが気楽で価値があるということ。身近なものや自立のよさを説くことわざ。由来
白飯がごちそうで、粟飯が粗末な食事とされた米作中心の日本の生活感覚に由来する。成立年は不詳だが、近世(江戸時代)以前からの民間の教訓的表現と考えられる。備考
やや古風な表現。白飯・粟飯の優劣は昔の食生活に基づく比喩で、現代では「自分の居場所や自立の大切さ」を述べる文脈で使う。例文
- 高級な店でおごられるより、家で母の味噌汁を飲むほうが落ち着く。隣の白飯より内の粟飯だ。
- 大企業の看板に頼るより、小さくても自分の店を守りたい。まさに隣の白飯より内の粟飯である。
- 友人の豪華な家をうらやましがっていたが、帰宅するとやはり隣の白飯より内の粟飯だと思った。
- 人の成功を追いかけて無理をするより、自分の暮らしを大切にしなさい。隣の白飯より内の粟飯というだろう。
- 条件のよい誘いもあったが、彼は慣れた土地で家族と暮らす道を選んだ。隣の白飯より内の粟飯というわけだ。
類義語
- 我が家に勝る所なし
- 住めば都
- 内の粟飯は隣の白飯に勝る
対義語
- 隣の芝生は青い
- 隣の花は赤い
- 他人の飯は白い