身に過ぎた果報は災いの基
読み方
み に すぎた かほう は わざわい の もと意味
自分の身分・器量・実力にふさわしくないほど大きな幸運や利益は、かえって不幸や失敗を招く原因になるという意味。過分な恵みを得ると、油断・慢心・嫉妬・争いなどを呼びやすいので、分相応をわきまえるべきだという戒め。由来
「果報」は仏教語で、前世の行いの報いとして現世に受ける幸・不幸を指す語から、のちに「幸運」の意味で用いられた。身の丈を超す幸運を戒める教訓として成立したが、初出や成立年は不詳。江戸時代の俚諺・教訓的表現として広まったと考えられる。備考
やや古風で教訓的な言い方。幸運そのものを否定するより、過分な成功に浮かれず謙虚であれ、という戒めとして使う。例文
- 宝くじに当たって急に豪遊し始めた彼を見て、祖父は「身に過ぎた果報は災いの基だ」と忠告した。
- 経験の浅い私がいきなり大きな役職を任されるのは、身に過ぎた果報は災いの基になりかねない。
- 莫大な遺産を受け取ったことで親族争いが起こり、まさに身に過ぎた果報は災いの基だった。
- 実力以上の評価を得て慢心すれば、身に過ぎた果報は災いの基となって足をすくわれる。
- 思いがけない成功ほど慎重に扱うべきだ。身に過ぎた果報は災いの基というではないか。
類義語
- 過ぎたるは猶及ばざるが如し
- 身に余る果報は災いのもと
- 大福は災いの基
- 福過ぎて禍となる
- 分に過ぎたる価は身を害す
対義語
- 分相応が身のため
- 足るを知る者は富む
- 身の程を知る