明日ありと思う心の仇桜
読み方
あす あり と おもう こころ の あだざくら意味
「明日がある」と思って油断していると、桜が一夜で散るように、人生や物事はいつ終わるかわからないというたとえ。無常を悟り、今できることを先延ばしにせず、今日を大切にせよと戒める。由来
仏教的な無常観を背景にした表現で、桜の花のはかなさに人生を重ねたもの。具体的な成立年代は確定しにくいが、中世以降の和歌・説教・仏教文学の語り口に近く、室町〜江戸期にかけて広まったとされることが多い(詳細不詳)。備考
無常・死生観に結びつく格言。重めの響きがあるため弔事や説教調の文脈で用いられやすい。語尾を「…仇桜かな」などと文芸的に崩すこともある。例文
- 明日ありと思う心の仇桜というし、やるべき連絡は今日のうちに済ませておこう。
- 彼は先延ばしにして後悔したらしい。まさに明日ありと思う心の仇桜だ。
- 健康は当然ではない。明日ありと思う心の仇桜と思って、検診を受けた。
- 桜が散るのを見て、明日ありと思う心の仇桜という言葉がふと浮かんだ。
- 旅行も仕事も「いつか」ではなく今。明日ありと思う心の仇桜を忘れないようにしている。
類義語
- 一期一会
- 光陰矢の如し
- 今日の一日は明日の二日分
- 思い立ったが吉日
- 明日のことを言えば鬼が笑う
対義語
- 明日もある
- 来年もある
- 長い目で見ればよい