人は堯舜にあらず
読み方
ひと は ぎょうしゅん に あらず意味
人間は古代中国の聖天子である堯や舜のような完全無欠の聖人ではないのだから、だれにでも欠点や過ちはある、という意味。人の失敗を過度に責めず、寛容に受け止めるべきだという戒めとして用いられる。由来
堯・舜は中国古代の伝説上の帝王で、儒教文化圏では理想的な聖君・聖人の代表とされた。その堯舜でない普通の人間に完全さを求めるべきではない、という考えに由来する。関連する漢語表現に「人非聖賢、孰能無過」があり、日本では漢籍教養を背景にことわざ化したと考えられる。日本での成立・定着の正確な時期は不詳。備考
やや古風で硬い表現。相手の過失を許す文脈で使うが、怠慢や無責任を正当化する言い訳として使うと不適切になりやすい。例文
- 人は堯舜にあらずというのだから、一度の失敗で部下を見限るのは早すぎる。
- 彼女は優秀だが、人は堯舜にあらずで、判断を誤ることもある。
- 人は堯舜にあらず、ミスを責めるより再発防止の仕組みを考えよう。
- 完璧な親などいない。人は堯舜にあらずと思えば、少し気持ちが楽になる。
- 人は堯舜にあらずとはいえ、同じ過ちを何度も繰り返すなら反省が必要だ。
類義語
- 人は聖賢にあらず
- 過ちは人の常
- 人は神ならず
- 猿も木から落ちる
- 弘法にも筆の誤り
- 河童の川流れ