百日の説法屁一つ
読み方
ひゃくにち の せっぽう へ ひとつ意味
長い間まじめに説き聞かせたり、積み重ねてきた努力や信用も、たった一つの軽率な失敗や不始末で台無しになってしまうという意味。特に、最後の不用意な言動がそれまでの成果を帳消しにする場合に用いる。由来
仏教の説法を百日間も続けて人々を教化しても、最後に僧が屁を一つするだけで、厳粛な雰囲気や信頼が一瞬で壊れるというたとえに由来する。成立時期は未詳だが、近世以降の俗語的なことわざとして広まったと考えられる。備考
「屁」という語を含むため、改まった場ではやや下品に響く。親しい会話や批評で使われることが多く、努力そのものより最後の失態を戒める表現。例文
- せっかく丁寧な接客で好印象だったのに、最後の乱暴な一言で苦情になった。まさに百日の説法屁一つだ。
- 長年築いた会社の信頼も、たった一度の隠蔽で失われる。百日の説法屁一つというものだ。
- 試合中ずっと冷静に守っていたのに、終了間際の不用意な反則で負けてしまい、百日の説法屁一つだった。
- 彼は禁煙を勧める講演をしているのに、帰り道でたばこを吸っているところを見られた。百日の説法屁一つだね。
- 何か月も準備した発表だったが、最後に根拠のない数字を出してしまい、百日の説法屁一つになってしまった。
類義語
- 九仞の功を一簣に虧く
- 千里の堤も蟻の穴から
- 画竜点睛を欠く
- 仏作って魂入れず
- 水の泡になる
対義語
- 終わりよければすべてよし
- 有終の美を飾る
- 立つ鳥跡を濁さず