宝の山に入りながら手を空しくして帰る
読み方
たから の やま に はいりながら て を むなしく して かえる意味
貴重な機会や恵まれた環境にありながら、それを生かせず、何の利益や成果も得ないまま終わることのたとえ。せっかくのチャンスを無駄にする場合に用いる。由来
中国の仏教説話・経論に見える「宝の山に入って空手で帰る」という比喩に由来するとされる。宝に満ちた山に入ったのに何も持ち帰らないことから、仏法や好機に接しても得るものがない意を表した。成立の正確な時期は不明だが、漢訳仏典が広まった古代中国、4〜5世紀ごろには類句が見られる。備考
やや文語的で改まった表現。「宝の山に入って手を空しくして帰る」「宝の山に入って空手で帰る」などの形でも使われる。例文
- 名講師の授業を受けたのに何も質問しないとは、宝の山に入りながら手を空しくして帰るようなものだ。
- 海外研修に参加したのに現地の人と交流しなかった彼は、宝の山に入りながら手を空しくして帰った。
- この資料室には貴重な記録がそろっているのだから、調べずに帰れば宝の山に入りながら手を空しくして帰ることになる。
- せっかく専門家に会えたのに助言を求めなかったのは、宝の山に入りながら手を空しくして帰るに等しい。
- 展示会で多くの取引先と出会える機会を逃し、宝の山に入りながら手を空しくして帰った気分だ。
類義語
- 宝の持ち腐れ
- 好機を逸する
- みすみす好機を逃す
- 千載一遇の機会を逃す
対義語
- 好機を生かす
- 機を見るに敏
- 濡れ手で粟