下駄も阿弥陀も同じ木の切れ
読み方
げた も あみだ も おなじ き の きれ意味
下駄も阿弥陀仏の像も、もとは同じ木の切れ端であるということから、人や物は生まれや素材だけで価値が決まるのではなく、その後の扱い・育て方・加工のされ方によって大きく違ってくるというたとえ。由来
木製の履物である下駄と、木彫りの阿弥陀仏像を対比したことば。成立時期は未詳だが、下駄や木彫仏が庶民に身近だった近世、特に江戸時代頃に広まった俗諺と考えられる。備考
「阿弥陀」は阿弥陀如来の像を指す。仏を下駄と並べる表現なので、場面によっては軽口に聞こえることがある。例文
- 同じ新人でも指導次第で伸び方が違う。まさに下駄も阿弥陀も同じ木の切れだ。
- 素材は平凡でも、職人の腕で名品になるのだから、下駄も阿弥陀も同じ木の切れというものだ。
- 子どもの可能性を決めつけてはいけない。下駄も阿弥陀も同じ木の切れなのだから。
- あの会社は社員教育に力を入れている。下駄も阿弥陀も同じ木の切れで、人材は育て方が大事だ。
- 同じ材料から粗悪品も逸品もできる。下駄も阿弥陀も同じ木の切れとはよく言ったものだ。
類義語
- 同じ木から出た仏と下駄
- 玉磨かざれば光なし
- 氏より育ち
- 物は使いよう
対義語
- 栴檀は双葉より芳し
- 蛙の子は蛙